Piyo Bible Ministries

ちぬの海・武庫川短歌会

南原繁の短歌集「形相(けいそう)」が届きました。(11/4)

南原繁の短歌集「形相(けいそう)」が届きました。(11/4)
 
昨日(11/3)の『
第19回 南原繁シンポジウム』では、保阪正康先生と加藤陽子先生の基調講演をお聞きすることができ、幸いなひと時でした。
 第19回_南原繁シンポジウム_2022-1103_b


基調講演 (1) で保阪先生は、南原繁と和歌のことも言及されていました。
「昭和10年代の和歌、自らの心情が吐露されている・・・。」とのこと。
お話を伺いながら、南原の政治学上の論説、日常生活、キリスト者としての信仰など、「短歌」から本質に迫るのも一案かも?、と思わされました。

今年の5月から「ちぬの海・武庫川短歌会」を主催していますが、早速、読んでみようと思い、Amazon で注文しました。


『形相』南原繁著
https://amzn.to/3sVHgWm


本日(11月4日)、注文していた南原繁の短歌集「形相(けいそう)」が届きました。(短歌:昭和11年~20年)
南原繁ご自身が選らばれた、819首の「自選歌」なので、折々の南原の思うところが、そのまま表わされているように感じました。




(昭和16年6月21日:独ソ開戦)
独蘇戦五週に入りぬ黄に熟るるウクライナの麦刈り入れつらむか

ひとたまりもなく陥落(おち)むといへりしキエフだにたもちて独蘇戦八週に入りぬ

(昭和20年)
美しきものはわが見て善きものは読みてぞ置かむ明日は死すとも
 
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なお、現代のロアシアによるウクライナ侵略戦争(2022 2/24〜)は、かつての「独ソ戦」から学ぶことが大きいように思われます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/独ソ戦


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剣道と信仰の架け橋—短歌—

『剣道と信仰の架け橋—短歌—』
  
   (『ちぬの海』 2009年3月号(No.234) より)
                           井草晋一

1_有備無憂


<写真:『有備無憂』1976年 >
      佐々木季邦 先生 筆
  
 
 剣道の奥義を現す、いくつかの古歌があります。

・山川の瀬々に流るる栃殻も身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり
・打ちおろす太刀の下こそ地獄なれ踏み込んで見よ極楽もあり

   (『剣道みちしるべ』 範士 佐々木季邦 著 より)
        (剣道範士九段・全日本剣道連盟相談役)

 「これらは共に捨て身の一撃に気魄を充実させることを意味したものである。」と、佐々木季邦(ささき・すえくに)師範はその著書『剣道みちしるべ』に記しています。
 今から三十五年前、佐々木師範は喜寿の祝いを迎えられていました。我々二十歳前後の剣道部員たちが必死で打ち込んで行く訳ですが、竹刀は空を切るのみ。すべての打突に応じ、いささかも息の乱れも無く、確かな一撃をもって指導される先生の姿がそこにありました。

 冒頭に記した歌は、練習を終えた後の訓話や夏の合宿の折りに、佐々木師範がご自身の姿と言葉をもって紹介されたものです。私にはその中の一節、「身を捨ててこそ」の言葉が特に心に響きました。
当時、私はキリスト教の洗礼を受けて間もない頃でした。この「身を捨てる」という一節は、「愛とは、他者のために自らの命を捨てることにある。」と語り、そのごとくに十字架への道を歩まれたイエス・キリストを思い起こさせるものであったのです。

 四年間の会社勤めの後に神学校に入学。卒業後、大阪の下町の教会に副牧師として赴任しました。大阪城が近かったこともあり、時々、大阪城内の道場である修道館に練習に行きました。三年間の働きの後、加古川市の教会に転任。
一九九二年頃より、教会員宅で開かれていた「ちぬの海短歌会」に誘われて参加するようになりました。伊藤佐重子先生のご指導を受けながら詠んだ短歌(五首)を初めて掲載して頂いたのが、一九九二年十一月号の「ちぬの海」で、「藤田恒男先生追悼号」でした。


藤田恒男_ちぬの海_1992-11

・受難曲「知っているか」と我に問う上司を思う御巣鷹の夏
・工作にと息子と作るブーメラン廻り来たりし歳月の風

 佐々木師範のご指導を思い返し作った歌。

・心もて心を打てと諭したる円座に響く師範のことば
・力抜けと言われ続けし右の手の痛めて悟りぬ剣の軽さよ
・我が手取り剣の握りを伝授せる師範を想う礼の一時

 一九九五年四月からは、川西市北部の「能勢川バイブルキャプ」の中にある能勢川キリスト教会で、イエス・キリストに仕えています。

・真剣の反り思わせる白樫の枝削る我歪みも悟れり
・両腕に赤子を抱く構えせよクリスマスに聞く師範の一言
・戦いの意欲取り去る剣の道剣を鞘にと我も覚えて 
・ 「一刀両断」求め来たりし我に問う戦闘能力奪う剣あり

 私の心の中には学生時代も今も、剣道の神髄とキリストの愛の精神が「短歌」を架け橋として繋がっているのです。

・自らを守りし剣も捨てし主の御姿仰ぎ我も後行く


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■ ブログ「Peter Pooh の "Good News"  (2009年 4月24日)
    『剣道と信仰の架け橋 −短歌–』 より転載
   
https://peterpooh.blog.ss-blog.jp/2009-04-24








『ちぬの海短歌会』と短歌誌「ちぬの海」の紹介


『ちぬの海短歌会』と短歌誌「ちぬの海」の紹介

* 2011年10月1日の記事より転載
 (旧ホームページ:「ペーター・プーのニュースレター」の『短歌:緑風讃歌』 より)


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『ちぬの海短歌会』と短歌誌「ちぬの海」の紹介をいたします。

ちぬの海_2009〜2014_2022-0519
 
ちぬの海短歌会

私は、1986年4月から1995年3月まで、JR土山駅の近くの教会で牧師をしていました。
1992年から教会員宅(加古川市:藤井薬局)で開催されていた例会に集うようになり、「ちぬの海短歌会」に入会しました。
1995年の阪神淡路大震災の直後の3月末に川西市の教会(「能勢川バイブルキャンプ」の中にある教会)に転任してからも、『ちぬの海』発行・編集人の伊藤佐重子氏のご指導を頂き、折に触れて歌を詠んでいます。 

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短歌誌「ちぬの海」
「ちぬの海」の成立ち
            「ちぬの海短歌会」代表:伊藤佐重子
 昭和44年の晩秋の頃、当時、公民館講座の講師をしていました藤田恒男先生から、事務的なことを手伝ってくれるなら、新しく短歌誌をはじめたいと言うお話しがありました。早速、お引き受けして林間阪神支社の方々に相談しました。
皆様の賛成を得て、昭和45年2月26日に、第1回の企画会議を持ちました。発行者・藤田恒男、事務局・伊藤佐重子、編集委員・池田好子、小林毅、小山節子、松中ふき子、三谷美代子、山崎園の各氏を中心として会報の発行を実現することに決定しました。
同年3月22日、大阪支社の梅見歌会の帰りに梅田の喫茶店で第1回の編集会議をもち、歌誌名を「ちぬの海」に決定、隔月発行とし、新しい会員の作品を優先して掲載することなどが決まりました。第1号は、昭和45年4月1日発行になりましたが、翌年、1月1日発行に改めました。
企画会議にはお顔が見えなかった奥村孝子、荒井すみゑ、佐藤たまゑ、平野太朗氏なども加わり、また昭和62、3年頃から編集委員 伊藤佐重子、内井幸子、芝淵田鶴子、谷村幸子氏、事務局委員として大江早苗、窪田佳子、南操子氏のご尽力を得て現在に至っています。

(発行・編集人:伊藤佐重子)
*記:2009年1月4日

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*「兵庫県歌人クラブ」の幹事の働きをはじめ、三木市や近隣の市で『ちぬの海短歌会』を主催された伊藤佐重子先生は、2019年9月26日に 85歳で逝去されました。
  その尊いお働きを感謝し、教えていただいたことを心に、短歌を詠んで行きたいと思います。
 ・「2022年 5月27日(金)「ちぬの海・武庫川短歌会」のスタート(発会)の歌会にて。
 
 (同人誌:「ちぬの海」は、2014年 7月(No.264)の「閉刊号」が、最後の発行となりました。)


 




 

受難週を前にして

『受難週を前にして』

「ピヨぐまさんのアウトドア・バイブルメッセージ」(第1回)
 
山桜満開の武田尾で収録した「ピヨぐまさんのアウトドア・バイブルメッセージ」です。(2022-4/7)
(動画:8分)
 
今年(2022年)のイースター(復活祭)は、4月17日(日)です。
4月10日(日)からの1週間は、キリストの十字架への道、十字架の苦しみと贖いを思い祈る「受難週」が始まります。
 
私は、この季節になると、主イエス様が十字架で流された血潮、私たちの罪の贖いと赦しのためにいのちを献げられたお姿を、「散り際の山桜の花」に見る思いです。
 
https://youtu.be/qkTOlv23PD0