Piyo bible Ministries

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日本オリエント学会名誉会長などを歴任された、オリエント学者の三笠宮崇仁(みかさのみや たかひと)様。
10月27日の朝、薨去(こうきょ)されました。(百歳)
日本とイスラエルの架け橋となられた三笠宮様のお姿は、これからの日本民族としての取るべき方向性を示唆されておられると感じます。
<『図説:旧約聖書の考古学』をすすめる>との一文を書かれた三笠宮様の推薦文を表紙に貼り付けたこの書籍と、『図説:新約聖書の考古学』の2冊は、私の大切な蔵書の一つでもあります。
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● 2016年10月27日の 岩本龍弘 さん(退職牧師)の facebook の記事を引用いたします。
三笠宮さまが今朝、薨去 (こうきょ) されました。
昨年12月、イスラエル・トゥデイのウェブ版は、三笠宮さまの100歳の誕生日を祝う記事を掲載していました。私はこの記事を翻訳し、自分のブログに投稿しました。そのブログの記事を、以下にコピーします。
「日本とイスラエルをつないだ王子100歳になられる」
(Japan's Israel Connection Turns 100 Years-old)
という題のイスラエル・トゥデイの記事を翻訳しました。
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『日本とイスラエルをつないだ王子100歳になられる』
2015年12月3日 木曜日
イスラエル・トゥデイ・スタッフ
日本の皇室の中で最年長であり、現在の天皇の叔父である、三笠宮崇仁親王さまが昨日2015年12月2日に100歳になられました。
第2次世界大戦中の日本陸軍で、騎兵隊の下級将校として奉職しておられた時、三笠宮親王さまは中国に派遣されておられました。その中国で親王さまが出会われ、強い印象をお受けになったのは、「中国の奥地で働いていた、西洋から来たキリスト教の宣教師たちの熱意と献身」でした。それ以来、三笠宮親王さまはそのような献身的な情熱の源泉に、ことのほか興味を持つようになられました。
西洋諸国が日本を打ち破った後、三笠宮親王さまは自らを西洋化する「恩」(the obligation) をお受けになりました。親王さまは次のように言われました。
「6年間の研究の中で、ひとつの究極の事実を発見しました。その事実とは、ユダヤ人が西洋文明への鍵であったということです。」
それ以来、三笠宮親王さまは献身的な情熱の源泉とユダヤ教の両方に、ことのほか興味を持つようになられました。
三笠宮さまは残りの人生をヘブライ語の勉強にかける決断をなさいました。そして聖書の中のイスラエルの預言者たちへの特別な関心を持ち続けられました。三笠宮さまは近東文明に関する学術的な研究に没頭されました。この近東文明の講座において、三笠宮さまは東京のユダヤ人共同体の行事への常連の来訪者となられ、伝えられているところによると、完璧なヘブライ語を話すために学んでおられました。
しかし三笠宮親王さまは決して政治的な談話には関与なさらず、ヘブライ語の研究への関心が純粋に学術的であると主張なさいました。さらに自伝の中で次のように書いておられます。「私がオリエント考古学を研究する理由は、中東と近東の遺跡から、人類と文明の起源を、人間と国家の概要を探究することであり、人間がいかにあるべきかを熟慮することでした。」
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翻訳は以上です。
灯台もと暗しです。イスラエルから逆輸入するような形で、皇室の偉人について学ばせていただきました。三笠宮さまの生き方から学ぶべきことがたくさんあることに気づかされました。
英語の原文の記事は、イスラエル・トゥデイのウェブサイト ( israeltoday.co.il ) か、Israel Today Magazine のフェイスブックでご覧ください。
岩本龍弘
http://www.israeltoday.co.il/NewsItem/tabid/178/nid/27902/Default.aspx
三笠宮崇仁様とイスラエル
2016年10月29日土曜日